1.高齢者がリハビリを渋る理由
認知症患者のリハビリテーションで苦労するのがその動機づけです。
ご高齢の患者さんは認知症の有無に限らず
・家族に迷惑を掛けている自身を責めている
・「もう自分なんて」と将来を悲観して今以上の機能回復に動機が上がらない
・老いたこと、思うようにならないことに悔やんでいる
・族や周囲に迷惑を掛けているのではと悩んでいる
・身の将来を憂い、何かと不安な日常に支配されている
ましてや病院の入院生活は決してポジティブではないので様々な意欲の低下に直結する。
2.動機づけに必要なのは言葉ではなく距離感
リハビリを担当する職員は様々な言葉を浴びせかけて介入を完結させようとします。
しかし、上記の心情が緩和されない限り、どんな言葉を浴びせても動機は上がらず、職員の言うことを聞かないとこの場から逃れられないと考えて、お付き合いでやってはくれます。
それでは医療の目的は果たせないのが実情です。
そこで私たちは「距離感」に着目しました。
3.共通の話題は過去の歴史にあり
私は毎年夏場になると、太平洋戦争のコンテンツをおさらいする習慣があります。
歴史を忘れないようにするためですが偶然にもある宴席で高齢になる企業経営者(会長職)のお隣に座る機会がございました。すぐに察したのは周囲の社員が近くに座るのが嫌で、私をそこに座らせたのです。
その会長さんは一生懸命、こちらの話題や流行のことを聞こうと気遣ってくださいます。
当然ながら盛り上がらないので「これは気を遣わせている」と感じました。
お歳を聞くと、太平洋戦争末期に学徒動員で国立競技場にいたとされるご年代。
さっそく「NHKの受け売りですが」と注釈付きで学徒動員のお話を振ってみたところ、60分以上お話になりました。
もちろんすべての話がわからずとも、いくつかわかる話やエピソードもありましたので相づちやこちらの理解を披露すると、修正してくださったり「よく勉強しているね」と褒めてくださったり。「私の実父も昭和7年生まれなので」などと申し上げるとさらに盛り上がります。
情報はこちらの方が取りやすく、先輩方に今の情報を収集する能力は乏しい。
これらのことから、こちらがお相手の時計にリーチした方が話が盛り上がることがわかります。これは高齢の諸先輩に限った話ではありません。
4.何ら特別な体験ではない。普通のことだと知る
この体験は貴重で、方々で試してみたところかなりの確立で先輩方との会話に困らなくなりました。むしろ気に掛けてくださる方が増え、太平洋戦争や戦後の知識量も増えました。
これは何ら特別なことではなく、必ず過去に文献なり資料があるはずだといろいろ調べていると「回想法」というものに巡り会いました。
主に、福祉の分野で実践されている様子で、実体験とともに同調できるところが多々ありました。みなさま、よくご存じのように明確なエビデンスがあったのです。
これをリハビリセクションに持ち込んでみようと考えました。
5.想像以上にハードルが高い「理学療法士」という資格ヒエラルキー
回想法を導入した患者さんとのコミュニケーション促進は困難を極めました。
私は、医療法人湘南みらい/湘南第一病院で地域サービス部門の担当役員を担っているのですが、これがなかなか理解が得られない。
現場の反応を要約すると以下。
・リハビリをしに来ているのであって、老人との会話を目的にしていない
・忙しい中、コミュニケーション時間が取れない
・そんな昔のことなど知識がない
すべてある意味おっしゃるとおりで、理学療法士にそれを求めることに限界を感じました。
6.チームで行う「ケアユニット」構想と新職種の設計「コミュニケーター」の誕生
私が部下に求めたものは「個人の善意」のレベルでしかなかったために善意に訴えかける手法は早々に断念。これは「組織的に行う戦略である」と考えをあらため、以下の構想を描いた。
・ケアディレクター(管理職が担う)
リハビリを病理から生活回帰へのアプローチに変更。全体的な企画と進行を担うケアディレクターを設置。
・コミュニケーター職の設計
リハビリテーションのステージで患者さんと関係づくりを担う「コミュニケーター」を設置。
回想法と特に戦中戦後の知識習得と教育を行い、たくさん話をさせる仕掛けを実行。
この施策は当たり、いまではリハ室は非常に賑やかで昔の曲が流れていたり、古い話が中心ではありますが、患者さんの声がよく聞こえます。
コミュニケーター職の採用は多少の困難がありましたが、すばらしいご縁あり今でも元気に働いてくれています。
同院のホームページに新入職員インタビュー記事がありましたので、よかったらご覧ください。