「ターミナル期の医療と法律その1」
2017年9月26日
執筆者: 竹中 一真

1 個人の権利意識の高まりとともに、高齢者の医療の現場ではターミナル期(終末期)の医療行為が注目されるようになりました。
医療行為は、患者の治癒回復を目指して行われます。一方で、ターミナル期(終末期)においては、既に回復の見込みのない患者がいかに余生を生きるかという問題を無視できなくなっています。たとえば、寝たきりで意識も回復しない高齢者に対して、どの程度延命治療を行うのか、もし自分や家族がそのような状態になったらと考えると切実です。体中にチューブを入れられて機械でかろうじて生きているような状況が、はたして人として幸福な生き方なのだろうかと自問するかもしれません。
自分の最期は、自分の意思で決めたいと思うのは素直な人情ですが、これを法律に位置づけると自己決定権の一内容となります。自己決定権とは、一般に個人がそれぞれの私的な事柄について、たとえば生活スタイルや生き方などについて、国家などの公権力から介入・干渉されることなく自ら決定することができる権利であると説明されます。
根拠が法律に明文化されているわけではありませんが、憲法13条の幸福追求権の一つと位置づけられています。

2 それでは、自己決定権があるから自分の最後は自分の好きなように、どのようにでも決定できるのかというと、医療機関という第三者がターミナルケアに関わる現場ではそう簡単にはいきません。
医療機関にとっては、他者の生死を扱うことになりますので、まさに刑法との関係が問題となります。
物騒な話になりますが、医師が、死期の迫った患者から人工的な生命維持装置を取り外した場合、または積極的に延命の治療行為をしなかった場合、本人の嘱託や承諾がなければ、単純に殺人罪、本人の嘱託や承諾があっても同意殺人罪に問われる恐れがあるのです。

3 実際に、医師が警察に逮捕されてしまい、刑事裁判となってしまったというケースがありますのでご紹介します。
医師が、多発性骨髄腫で入院中の患者に対し、末期状態にあり死が迫っており、長男からすぐに息を引き取らせるようにして欲しいと強く要請されて、一過性心停止等の副作用のある不整脈治療剤や塩化カリウム製剤を静脈注射し、心停止により死亡させた事案です。
裁判所は、医師に対して、懲役2年執行猶予2年という判決を下しました(横浜地裁平成7年3月28日判決)。執行猶予がついたとはいえ、有罪判決です。
苦痛から免れさせるため、意図的に積極的に死を招く措置をとる積極的安楽死の事案でしたが、裁判所は、延命治療を中止して死期を早める不作為型の消極的安楽死が許される場合についても判示しました。地方裁判所の判決ですから、他の裁判所を拘束することはありませんが、リーディングケースとして大いに参考になります。
裁判所は、治療行為を中止するという不作為型の安楽死について、「①患者が治癒不可能な病気に冒され、回復の見込みがなく死が避けられない末期状態にあること、②治療行為の中止を求める患者の意思表示が存在し、それは治療行為の中止を行う時点で存在すること、③もし中止を検討する段階で患者の明確な意思表示が存在しないときには、患者自身の事前の意思表示があること、④患者の事前の意思表示が存在しない場合には、家族の意思表示から患者の意思を推定するできること、⑤その前提として家族が患者の意思を的確に推定しうる立場にあって、患者の病状・治療内容について正確な認識を持っていること、⑥医師側においても患者及び家族をよく認識し理解する的確な立場にあること」という要件が満たされる場合に許されるとしました。
この判決なども参考にしながら、人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドラインが制定されています(平成19年5月、厚生労働省、平成27年3月改定)。次回コラムではこのガイドラインについて紹介したいと思います。

執筆者プロフィール

執筆者一覧

  • 中村元昭
  • 千葉悠平
  • 大石佳能子
  • 西井正造
  • 比永 伸子
  • 松政太郎
  • 在津 紀元
  • 田中香枝
  • 牧島仁志
  • 牧島 直輝
  • 佐々木 博之
  • 落合 洋司
  • 日暮 雅一
  • 入交 功
  • 内門 大丈
  • 太田 一実
  • 加藤 博明
  • 川内 潤
  • 河上 緒
  • 川口千佳子
  • 砂 亮介
  • 竹中 一真
  • 辰巳 いちぞう
  • 都甲 崇
  • 保坂 幸徳
  • 横田 修