「行為能力(1)」
2017年5月2日
執筆者: 竹中 一真

前回のコラムでは意思能力についてお話をしました。

認知症が相当進んで意思能力に問題が生じた場合,我が国の裁判所の判例では,意思能力を欠く者が行った法律行為は無効となりますことから,契約をしても無効の主張をすればその効力は認められません。財産の散逸を防ぐという意味では,意思能力を欠く者の保護に資するのですが,一方で,取引をする相手方は,いつ無効主張されるか分からないとなると安心して契約を締結することができません。
意思能力を欠く高齢者がこれから生きていくために必要な契約をするようなとき,例えば老人ホームなどに入居するために所有する不動産を売却して資金を捻出する必要があるような場合でも,いつ無効主張されるか分からないとなると誰も取引をしなくなってしまいます。結局困ってしまうのは意思能力を欠く高齢者です。

そこで定められたのが「行為能力」の制度です。
「行為能力」制度の下では,意思能力が不完全な者を定型的に分類し,未成年者,成年被後見人,被保佐人,被補助人とします。そして,未成年者については親権者である法定代理人が,成年被後見人については成年後見人が,被保佐人については保佐人が,被補助人については補助人が,契約などの法律行為を見守ることになります。
具体的には,これらの者が行った法律行為を取り消したり(取消権),法律行為をするのに同意が必要とされたり(同意権),これらの者を代理して法律行為をしたりします(代理権)。

例を挙げると,成年被後見人が訳も分からず投資物件を買ってしまったとしても,成年後見人はその売買契約を取り消すことができます。また成年後見人は,成年被後見人を代理して老人ホームの入居契約を締結することもできます。
被保佐人が家をリフォームしたいと思ったときには,保佐人が必要性を検討して同意をしたりします。

さて,コラムのテーマは高齢者に関する法律問題ですので,未成年者の問題はまたの機会に譲るとして,ここでは成年について定められた制度について詳しく見ていきましょう。
まず,成年後見類型は,「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」が対象となります。保佐類型は,「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者」が対象となります。補助類型は,「精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者」が対象となります。

「精神上の障害により・・・」で始まる表現は民法に記載されていますが,「事理を弁識する能力」とは,字義からすると物事の道理を理解することのできる能力となるでしょう。
分かりやすく,自己の行為の結果を認識することのできる能力と言い換えても間違いではないかと思います。
そして,民法は,判断能力の程度について,「能力を欠く常況にある者」,「能力が著しく不十分である者」,「能力が不十分である者」と段階を設けて,判断能力が失われるほど,取り消しうる行為の範囲,同意を要する行為の範囲,代理できる行為の範囲を広く認めます。つまり,判断能力が失われるにつれて,取り消すことのできる行為,同意を要する行為,代理できる行為が増えることになりますので,財産の散逸を防止するために保護の程度が強くなります。
しかし,その一方で自由に契約できる権利という側面から見れば,権利が制限されることになってしまいます。

判断能力が不十分といっても,各人の判断能力の程度はそれぞれ異なります。そこで法は段階を設けることにより,まだ判断能力が残されている者については,その程度に応じて,できるだけ本人の意思を尊重しようとしているのです。
次回コラムでは,各類型の取消権,同意権,代理権の詳細を解説する予定です。

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