ハーバード・マサチューセッツ ジェネラル ホスピタル(MGH)の留学記
2017年9月5日
執筆者: 河上 緒

私は現在、アメリカ東海岸北部の都市、ボストンにあるMassachusetts General Hospital という病院附属の研究施設に留学していることから、こちらの認知症研究について少しお話しをさせて頂ければと思います。

日本では、臨床医の傍ら研究所で神経病理研究に従事し、横浜市立大学精神科・神経病理チームの先輩である内門大丈先生、都甲崇先生のご縁で、平塚市にある湘南いなほクリニックにも週一回勤務をしておりました。

Massachusetts General Hospital は、Mass GeneralもしくはMGHと略される総合病院です。
1811年という古い歴史を持ち、全米最古の大学であるハーバード大学医学部の関連医療機関の中で中心的な役割を果たしている病院です。
現在、私はAlzheimer’s Disease Research Centerの中の、Bradley T. Hyman教授が率いる研究室に所属しています。こちらは、研究者、技師、学生等、総勢60名程が在籍する大規模な研究室です。研究者は、スペイン、フランス、トルコ、ギリシャ、ブラジル等、世界各国から来ており、日々アルツハイマー病の病因解明のため、研究に励んでいます。
研究の手法は多岐に渡り、認知症の変性蛋白を対象とした生化学的研究や動物モデルを使用した生物学的研究、私のように患者さんの剖検脳を対象とした神経病理学的研究を行っている研究者もいます。

皆さんは神経病理研究とはどのようなものかご存知でしょうか?認知症の患者さんが亡くなられた後、その脳から病理組織標本を作成し、様々な抗体や試薬を用いて染色した後、顕微鏡で観察をして、病理学的な診断をつけ、病気の原因や発生機序を探る学問です。
およそ100年程前にドイツの精神科医であるアルツハイマー博士が、一例のAD患者さんの脳を神経病理学的に観察し、その後複数例を検討する中で、共通する病理学的特徴として大脳の萎縮、神経細胞脱落、老人斑、神経原線維変化を発見し、報告したことはよく知られています
今日に至るまで、認知症の研究は神経病理学を核にして研究が進歩してきた、と言っても過言ではありません。

日本とアメリカの神経病理研究の大きな違いは、APPやAPOE等の認知症に関連する遺伝子のタイプが分かっている病理標本が多いことが挙げられます。
日本では遺伝子検査のハードルが高いこともあり、遺伝情報を伴った病理標本を観察出来る機会はそれほど多くありませんでした。
遺伝情報以外にも認知症検査や画像検査、バイオデータ(血液、髄液)等の情報も豊富であることから、複合的な観点から病因解明に近づくことが出来ます。また、アメリカ国内の他の研究施設とのネットワークが構築されており、何千例もの多数例を対象に研究を行うことも可能です。
タウイメージングやiPScell等、新しい研究手法が発表されると素早く研究に応用する傾向もあり、研究活動は非常にアクティブです。

臨床医と研究者との交流も盛んに行われています。例えば、毎週金曜日の早朝にBrain cutting conferenceが行われるのですが、ハーバード大学の医学生や神経内科医、MGHの研修レジデントに加え、研究所の研究者も大勢参加します。
症例の臨床病歴や画像の提示に加え、実際に患者さんの脳の提示もあり、研究室に籠りがちな研究者にとって自分達の研究が患者さんの治療に直結しているという意識が日常的に生まれ、非常に良い場であると思います。また、ラボには富裕層の人達が直接見学に来ることがしばしばあり、国家的なNIH(National Institutes of Health)のグラント以外に多額の献金が研究費として入ります。社会的に成功した人は社会・医学貢献をするという文化が認知症研究にも根付いているように感じます。

日本の神経病理研究は、レビー小体型認知症の疾患概念を確立した小阪憲司先生をはじめとし、世界でも評価を受けています。
特に、一例一例、精緻に標本を評価する技術は非常に優れていると感じます。
実際、こちらに来てから、日本のneuropathologistの撮る写真は美しく信頼性がある、と何人かの研究者に言われました。
私自身も大学院生時代に神経病理所見の見方や病理写真の撮り方に関して、とても丁寧にご指導頂き、それが今の自分の研究の礎になっていると感じています。

アメリカという地で大きな刺激を受け、また研究においても価値観が変化しつつある今日この頃ですが、自分が日本で培って来たものとこちらで学んだものを融合させ、より多くの認知症患者の方に還元できる研究ができればと思っています。

執筆者プロフィール
河上 緒(医師) Ito Kawakami
リサーチフェロー ハーバード大学医学部 マサチューセッツ総合病院 アルツハイマー病研究センター
Research Fellow, Harvard Medical School / Massachusetts General Hospital, Alzheimer's Disease Research Center

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