認知症の人生の最終段階における医療とは
日本では、高齢化が著しく、要介護となる高齢者が増えています。高齢化により、認知症の患者さんも増えており、当然死亡者の数も増えています。亡くなる時期のケアのことを終末期(End of life:エンドオブライフ)ケアと呼びます。厚生労働省によると、人生の最終段階におけるケア、と言われます。この時期に行われる医療は、命を伸ばすということだけが正解ではありません。体に負担がかかる治療を避けて、命は短くなりますが、本人の苦痛や不快な症状を減らす緩和ケアを行うこともあります。どのような医療・ケアを行うのがよいかは、本人の意思を軸に考えるのが原則です。しかし、生活の場によって使える資源は異なります。ご家族の協力体制や、経済的な要素も加味してどのようにしていくのがよいのかを、関係者で話し合うことをAdvanced care planning(アドバンスドケアプランニング:ACP)と言います。日本語では、「人生会議」とも言われています。この人生会議では、本人の意思がはっきりと話せる、または、本人の意思がきちんと書面で残っていると、計画立案がとても助かります。周囲の人にとっては、大切な人をどのように看取るべきか考えるというのは、簡単には決められない大きな問題です。向き合うことにつらさを感じてしまう人もいるでしょう。リビングウィルといって、元気な時に、自分の最後についての希望を残しておくということは、関わる家族に対しての思いやりの一つだと考えられます。
本人の意思が確認できないときの人生会議と緩和ケア
認知症の患者さんは、進行すると、自分の意思を十分に話すことができない状態になることがあります。リビングウィルや、遺言書を残さずに認知症になってしまい、本人の意思が確認できないときにはどのようにすればよいでしょうか。
この記事の筆者は、長年、精神科認知症病棟で勤務をしてきて、たくさんの患者さんを看取ってきました。その中で、筆者自身、関わる医療者、そして家族にとっても、後悔が少しでも少なくなるような方法について考えてきました。認知症という病気は、人生の最終段階で発生する病気で、人生会議をどのように行っていくかがとても重要なポイントになってくると考えています。
認知症のエンドオブライフの尺度の開発
筆者と想いを同じくする人たちの協力で完成した認知症看取りの評価尺度をご紹介いたします。End of life dementia (EOLD)尺度といって、アメリカのLadislav Volicer教授が開発した三つの尺度になります[1]。私たちは、これを日本語に翻訳し、妥当性を評価しました[2]。EOLDは、終末期ケアの満足度、症状管理、(最後の時期の)快適さ、の三つから構成されています。
「満足度」
「症状管理」
「最後の時期の快適さ」
平穏な死と関連するものは、精神的な症状がなく、快適であること
「満足度」の尺度は、人生会議の内容や、実際の緩和ケアについての質の高さが、満足感としてあらわされると考えられます。「症状管理」の尺度は、症状の少なさ、そして、「最後の時期の快適さ」の尺度は、緩和ケアで注目すべき内容が反映されていると考えられます。
平穏な死と強く関連していた項目は、「症状管理」では、「うつ」、「最後の時期の快適さ」では、「不快感、落ち着かなさ、恐怖、不安、安寧、平和」そして、「Emotional distress」と「Well-being」の合計得点でした[3]。体の症状管理も、とても大切ですが、精神的な苦痛が少ない状態を目標にケアをしていくことが認知症のエンドオブライフケアでは大切であると考えられます。
終末期の認知症の患者さんでは、本人の意思がわからない場合が多いです。家族などの周りの人たちから本人の人生についての情報、医師から医療的な状況、介護職からはケアの状況を共有して、どのようなケアをしていくべきか話し合いながら決めていきます。EOLD尺度を用いながら本人の状況を関係者で評価しながら、平穏な死を迎えられるように向き合い続けることが大切と考えられます。
[1] Ladislav Volicer et al., Alzheimer Dis Assoc Disord. 2001 Oct-Dec;15(4):194-200.
[2] Sayaka Toya, et al., The Kitakanto Medical Journal, 2022 年 72 巻 4 号 p. 327-335
[3] Maaike L De Roo et al., J Pain Symptom Manage. 2015 Jul;50(1):1-8.