特別支援学校でのカフェ授業について~誌上再現コーヒー実習付き~
2024年9月21日
執筆者: 山内豊也

今回は、コーヒー専門店のスタッフが特別支援学校でカフェ授業を行うようになったお話をします。
きっかけは、2007年春に開校した「知的障害のある生徒全員の企業就労の実現」を目的とした都立特別支援学校高等部就業技術科(E学園)とのご縁でした。
以下は都立特別支援学校の外部専門家(市民講師)としてのカフェ授業について、創価大学准教授の山内先生監修(私ではない山内さまです)の誌面に再現をしてみましたので、ご一読いただければ幸いです。

【特別支援学校の職業教育での取り組み】
弊社近隣に開設された上記のE学園の外部専門家として、専門教科「家政」食品(カフェサービス)コースの授業の担当を依頼されたことです。その時、お引き受けするにあたり3つの事をお話しました。

①一般市場のニーズに合った「品質」の実現を支援する。
②どうしたら高い「品質」が実現するかのプロセスを専門教科の要項に組み込む。
③「本物」の材料で「本物」のお客様に叶う商品を提供する。
飲食業のほか多様な仕事につく生徒に、高い「品質」を目指し「本物」を伝える事は近道とは言いませんが、必ず将来の成長の力の源になると考えたからです。また。分野外の私たちの考え方に共鳴し、一緒に具現化して頂いた先生方の情熱には本当に感服いたしました。

【ハンドドリップコーヒーの実習で目指している事】
ハンドドリップコーヒーは、この100年のコーヒー市場で、常に業務に活用され続けてきた技術です。また、湯沸かしの道具、コーヒー器具、テーブルかカウンターさえあれば、どこでも実践できるのも魅力です。有料販売の場合は保健所が許可を出す専用厨房が必要となるのですが、学校の教室や、企業の会議室など、様々な場所で講習も行ってきました。
一方で「品質」と「本物」を体感して頂くため、材料や道具の準備は大切にしています。

まず、新鮮なコーヒー豆を豆の状態で用意し、必ず直前に粉に挽きます。また焙煎から1カ月以内で使い切れるように、コーヒー豆の在庫管理や注文のタイミングも、授業に良い環境を作る上で大切なことです。コーヒーは肉や魚のように腐るものではありませんが、香りが抜けると粉が膨らまず、ハンドドリップの習得には不向きで、味も落ちてしまいます。
そして、コーヒーの抽出レシピ(粉の量と作るコーヒーの量)は常に計量できる状態を保ち、これを守る事=味を守る事になるとお伝えしています。

この「鮮度」と「レシピ」を守る習慣づくりこそが、コーヒーの「品質」に繋がり、何よりもお客様の評価に繋がっていきます。「美味しいね」「香りが良いね」お世辞ではない「本物」の評価に触れる事が、たくさんの生徒さんの成長の源になってきたことは、間違いありません。

【誌上再現:ハンドドリップコーヒー実習】
それでは、実際生徒さんの実習で行う流れを誌上で再現してみます。
①そもそもコーヒーとは(植物の種を焙煎したものです。)
まず何よりも、コーヒーが植物の実から収穫される種を原料としている農産物であり、日本から離れた熱帯地方の産物である事から話を始めます。もともとアフリカ東部エチオピア高原に自生していたコーヒーの木は、イスラム教徒やイスラム商人がその赤い実を扱い、その後歴史の闇の中で、焙煎して焦がして飲用する革命が起こります。この黒い液体は、その後ヨーロッパから来た十字軍の遠征で欧州一帯で知られる事となり、植民地拡大と共に熱帯各地方への移植が続けられて、今日のような商品作物の基盤が出来上がりました。
また、19世紀産業革命以降、焙煎技術による様々な味の探求が繰り返され、直火焙煎と熱風焙煎の二つの手法が確立され、エスプレッソマシンや今日のドリップ器具の原型が誕生し、それぞれに浅煎りから深煎りまで、様々な味わいのコーヒーが世界中で楽しまれるようになりました。思い切り短縮していうと、現代のコーヒーの成り立ちはそのようになりますが、生徒には、授業時間の事情によって、この一部、例えばコーヒーの白い花、赤い実と、淡い緑色の生豆、そして焙煎し茶色く色づいた珈琲豆の実物を見てもらいながら、話題を絞ってお話をしています。



都内特別支援学校で収穫したコーヒーの赤い実と種(生豆)

②水を使ってのウォーミングアップ
実習の冒頭には、プロの使うドリップポットに水を入れて、その持ち方、姿勢について確認し、体の使い方によって、上手に注げるポイントをそれぞれの生徒さんに個別に指導していきます。そして、水の太さを一定に出してみる、続けて注ぎ続けてみる、といった素振りのようなウォーミングアップを行う事で、初めて体験する珈琲の抽出を少しでも安全に楽しめるよう準備します。
③道具の扱い(定物定位置を明確にします。)
動作手順と安全性を考えた、道具のレイアウト決めは非常に重要です。基本は沸かした湯を手元に置けるよう、電気ケトルやIH調理器を卓上に用意しています。これだと設備の無い教室やガス火を使うリスクを回避できるので、学校でも安全かつ少ない初期投資で実習に取り組めます。
上記レイアウトやポットの持ち方といった「形」の指導は形式に捕らわれやすいものですが、必ずその理由を確認し、生徒の状況に応じ、並び変えるなどの調整事例を先生方にお伝えする事も重要です。空間認知に課題があったり、手の震えなどの障害のある方もいるので、決め事ばかりで生徒さんが辛く?ならないよう、その方にとっての安全なルーティンを整え、お一人お一人の達成感を大事にしたいと思っています。


正しい姿勢と正しい持ち方、身体特性によっての工夫を行います

④正確な軽量の大切さ
一方で、味(品質)を確かなものにするために、前述の抽出レシピ(粉の分量と抽出量)を守る事を徹底しています。粉はデジタルスケールを使用し、抽出量は必ず目盛にマーキングした計量カップを使って正確に測る事を心がけます。また、ホットコーヒーとアイスコーヒーでは、粉の種類、分量、そして抽出量も異なりますので、粉の保存容器にレシピをラベリングしてみたり、計量カップに色の違うテプラを貼って、ホットとアイスの抽出量を間違えないよう工夫しています。それでも間違う人もいますが(^^ゞ、一目瞭然で分かりやすいので、気が付きやすいというのは大事なポイントです。そして、このように道具にラベルをつけた先生方のアイディアは分かりやすい工夫だと思います。


⑤沸騰したお湯の扱い方
珈琲の味わいは、さらに湯温によって左右されます。コーヒーの味を決めるこのポイントについては、安全対策も含めながら、沸騰を見極める事から教えていきます。
具体的には一度お湯を沸騰させ、これが静まるのを少し待ってコーヒーを淹れるのが誰でも間違わずに出来る手順になると考えています。コーヒーの中心温度が85度前後になる湯温が適温とされるので、温度計で確認する向きもありますが、学校では実際に喫茶営業を行うので、85度になるのを延々と吟味する生徒がいても提供が進まず困ります(笑)。ポットの蓋を外し沸騰の確認、沸騰を静まったのを確認し蓋を閉める。それから姿勢を確認してポットと持って、と進むとほぼ適温になりますので、この方が実践的だと考えています。
また、使用するポットにもよりますが、取っ手の部分だけでなく、ポットの側面や蓋の周囲が熱くなっている場合がありますので、あえて濡れた布巾(サイズなど持ちやすいもの)を用意し、ポットを持つ場合や蓋の取り外しの際に使用を徹底して安全対策をしています。
〜声出し確認〜
お湯の入ったポット持って動く際には「お湯が通ります!」「ハイ!」、「後ろ通ります!」「ハイ!」このように動く前に声を掛け、返事をするルーティンを元気よく練習します。
〜火傷の対応〜
自分が熱いと思ったら、すぐに報告し作業を中断、すみやかに流水を患部に当てて5分計る、一旦患部を確認し、痛みや赤みがあれば再度5分、これを繰り返すようお伝えしています。氷水などにつけている事が辛くなる方もいるので、流水での対応を徹底しています。

⑥抽出時のポイント
いよいよ(ようやく!)注湯の開始となりますが、「ドリップ始めます」と必ず言葉に出す事を初回から徹底しています。これは周囲の監督者、教員が常に注意を向けられるように合図の意味合いもあるので、大事なポイントです。
最初はコーヒーの粉とほぼ同量か少し多めの湯を注ぎ、30秒ほど待ちます。俗に蒸らしと言われますが、実際には珈琲の細胞の中に湯が浸透し可溶成分が解けだすのを待つ時間です。この時の注湯量も生徒は熱心に練習します。分量をスケールで厳密に図る向きもあるようですが、ここでも、『「「の」の字で3周、丸は500円玉ぐらいの大きさで書いてみよう」』といった指導によって、自分の肌感覚で覚える方が伝わりやすいと思います。
引き続き2投目以降の注湯の場合、同じ太さ(ストローぐらい)で注ぎ口も上下動なく、粉に近づけるイメージで500円玉の丸を描き続けます。コーヒーの美味しい成分は細胞内から先に溶け出し、後味に不快な渋さや酸っぱさを感じる成分は後から抽出されてきます。従って、コーヒーの粉は常に膨らませておき、凹ませないようこまめに注湯、最後はもったいないようですが、絞らず、予定の抽出量になったら残りの液体は捨ててください!ここはハンドドリップコーヒーの味を決める最後の重要ポイントです。意外に知られていませんが、最後のひと口迄冷めても美味しいコーヒーを作る最大の秘訣なので、是非お試しください。



【社会で役立つ人材として共に成長を】
私達が学校での指導を続けている理由は、教える事、伝える事を通じて、筆者を含めた講師担当者の人間的成長があり、企業としての大きな財産になると考えているからです。「生徒が自分の意思で成長していく姿」を見ることは、私たち自身の学びともなります。
例えば、声出し確認の場面では、学年の初めは応答も無いのですが、次第に「ハイ」「お願いします」と積極的に応答が始まります。そのトーンが上がるごとに日々自信を重ねる生徒さんの姿が反映されていくのです。
また、私たちは授業当初から職業現場からの意見を学校に様々お伝えしてきましたが、それを授業に生かして下さった多くの先生方の理解と協力があって、今のような流れを確立する事が出来ました。ドリップの工程を15段階に細分化した手順書を作成して頂き、更にこれを生徒の実態に合わせたカードに抜き出して提示するケースもあり、その多くは現場の先生方の創意と工夫によるもので、私たち自身にも様々な気付きを届けてもらいました。

【企業内カフェという新たな取り組みにも発展】
こうして、日々学ぶ特別支援学校の卒業生たちの進路をめぐって、「バリスタになりたい!」「パティシエになりたい!」そんな夢の実現の一歩として企業内カフェの開設が近年進んでいます。航空会社、製薬会社、広告代理店、物流会社、保険会社、その他様々な業種の大手企業を中心に、社内で障害者がカフェを運営しています。中には1日800杯近い杯数を売り上げる店舗もあり、健常者も顔負けの成長と活躍を見せてくれていますが、このきっかけを作ったのも、志ある学校の進路担当の先生方の企業への熱い働きかけでした。
近年、弊社が事務局となり、こうした学校と企業を結ぶ交流会を開催しております。今後の彼らのキャリアパスを支える何らかの役割を果たせるよう、学校の先生方の経験と、企業の運営担当者や経営幹部の皆さんの交流を目指しており、更には同業他社の障害者スタッフの皆さんの交流の場となる事も目標です。

【授業で大切にしたい事】
「その職業に対する愛情の育成」が、こうした職業に関する授業の中で一番大切なことではないかと考えています。私たち喫茶店、飲食店の職業の醍醐味は「おいしい」「うれしい」という自分の感動とお客様の喜びがつながる場を持てる事であり、同じような環境を授業の中に設けてもらえる事が本当に大きな一歩だと感じています。実際、世間の高校生はコーヒーを飲まない人も少なくないと思うのですが、授業でハンドドリップを学ぶ生徒の多くは自分でテイスティングし、生徒間での飲み比べも真剣に行ってくれます。そして、授業後に家族にコーヒーを淹れ「美味しい」と言われたエピソードを披露してくれる生徒さんもいます。誰かのためにが、まずは身近な家族のためになったのだと思うと、心が晴れやかになります。

このようなカフェをはじめとする飲食業は、豊かな対人関係をはぐくむ様々な体験の場であり、衛生観念や安全に対する理解を深める要素もたくさん含まれている職業です。決して賃金の高い業種ではないのですが、学歴や個人の出生に関わらず、豊かな人間性をはぐくめる職業である事を、生徒さんのみならず、足元の弊社のスタッフや「ぽえむ」チェーンの皆様に対しても益々伝えていかなければと思います。どこかで「ぽえむ」を見かけましたら是非足を止めて、ちょっと勇気を出してドアを開いてみてください。まごころを込めた一杯のコーヒーで皆様の心にくつろぎのひと時をお約束いたします。最後になりますが、掲載をお声掛けくださった湘南健康大学の内門先生はじめご関係の皆様にも感謝を申し上げます。

執筆者プロフィール
山内 豊也 Toyonari Yamanouchi
株式会社日本珈琲販売共同機構 代表取締役社長 
東京都立特別支援学校専門特別講師、外部専門委員
横浜市立特別支援学校 外部専門委員
企業内カフェ産学交流会事務局長

1971年、東京都世田谷区に生まれる。
実家は土佐藩第十五代藩主・山内容堂の一族に繋がる武家の出身。
父が東京都杉並区に当時としては珍しいコーヒー専門店『ぽえむ阿佐ヶ谷店』を開業。現在の会社は、コーヒー専門店開業時から将来のFC展開を睨み命名したとのこと。15歳で父が他界。早稲田大学を経て同社に、しかも役員として入社。27歳で社長に就任するものの、37歳で退任。改めて経験を積むため大阪府豊中市のFC店で6年間の修業を重ね、2014年に帰京し社長に再就任。
喫茶「ぽえむ」グループで、ハンドドリップコーヒーの魅力を伝えながら、東京都と横浜市の特別支援学校でカフェの授業を専門委員として従事。
卒業後の健全で充実した就労のために、企業内カフェ産学交流会で各企業でのカフェスタッフとしての就労もサポートしている。

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