「入院患者さんの身体拘束を減らしたけれど、思うようにいかない。どうしたらいい?」。
このようなお悩みを抱えていませんか?
もしくは「家族が入院しているけれど、身体拘束されている。一日でも早くやめてもらいたい」。
このようにお困りではないでしょうか?
身体拘束とはベッドや車いすに縛りつけるなどの身体の自由を奪う行為です。
認知症高齢者の増加に伴い、止むを得ず身体拘束をしている病院が大半ではないでしょうか。医療者は「治療を遂行するため、患者さんの安全を確保するため」という理由で身体拘束します。
しかし、身体拘束は医療者にとっても患者さんやご家族にとっても望ましい対応ではありません。では身体拘束を減らすためには、どうしたらいいのでしょうか?
結論から言うと「リスクゼロという考え方をあらためる」ことです。というのも物事にはリスク(危険性)とベネフィット(便益)の二面性があるからです。
どういうことでしょうか?
自動車を例に考えましょう。自動車は便利ですよね。多くの方にとって、日常生活に欠かせない乗り物です。
自動車のリスクはなんでしょうか。
交通事故や排気ガスによる環境への悪影響が上げられます。一方、ベネフィットはなんでしょうか。目的地まで直接向かえる点や、重い荷物を運べるため買い物に便利な点が上げられます。
ちなみに令和3年の日本の交通事故による死者数は2,636人。にもかかわらず自動車が社会に受け入れられているのは、誤解を恐れずに言えばリスクがベネフィットを上回っているためとも考えられます。多少の死者数というリスクを許容するかわりに、自動車の利便性を容認するということです。
自動車の例を身体拘束に置き換えて考えてみましょう。
身体拘束のリスクはなんでしょうか。
ADL(日常生活動作)の低下やストレスの増強、自尊心の低下などが上げられます。一方、ベネフィットはなんでしょうか。
患者さんの安全確保(転倒転落予防)や治療遂行(点滴やドレーンの自己抜去予防)などが上げられます。
では考えてみましょう。
身体拘束はベネフィットがリスクを上回っているでしょうか?
必ずしもそうとは言えない状況もあるのではないでしょうか。
たとえば足元にふらつきのある認知症高齢者の患者さんを例に考えてみましょう。
看護師が患者さんに「用事がある時はナースコールを押すように」と説明します。しかし患者さんは物忘れのため、ナースコールを押せず一人で歩いて転倒。その結果、転倒転落予防のために身体拘束をされてしまいます。すると患者さんは意欲や活動性が低下し寝たきりに近い状態になりました。
このような事例は、身体拘束のベネフィットがリスクを上回っていると言えるのでしょうか。あなたが患者さんもしくはご家族の立場ならどうでしょう。「転んでもいいから歩く自由がほしい」。そのような選択肢があってもいいのではないでしょうか。
赤ちゃんは何度も転ぶから歩けるようになります。転ぶかもしれないから体をベッドに縛りつける」ことはしません。同様に認知症高齢者は「転ぶかもしれないから患者さんをベッドに縛りつける」という呪縛から解放されてもいいのではないでしょうか。
むろん「患者さんが転んでもいい」と開き直るわけではありません。転倒予防策は行います。その上で医療者と患者さん、ご家族が「患者さんの自由を尊重するために、身体拘束をしない(転ぶリスクを許容する)。
ただし転んでも被害が最小限にするように工夫する」と合意するのはどうでしょうか。
実際に身体拘束の最小化を実現した都立松沢病院では、「身体拘束をしない」ことをご家族に了承してもらうための同意書を活用しています。同意書の取得は、医療者と患者さん、ご家族の対話を促進するため信頼関係を構築します。信頼関係があれば転倒転落などの事故が発生しても、両者の関係がこじれないでしょう。
身体拘束を減らすためには「リスクゼロ」という考えをあらためてはどうでしょうか。「身体拘束をしない」同意書は、理想論と思われるかもしれません。資源に恵まれている病院だから実現可能、うちの病院ではちょっと…。そう考えるのは無理もありません。しかし「自分や大切な人が認知症患者さんになったら」と想像して下さい。転びたくないから、身体拘束を希望しますか?身体拘束を自分事としてとらえ、リスクとベネフィットについて考えてみましょう。
参考文献
東京都立松沢病院編(2020)「身体拘束最小化」を実現した松沢病院のプロセスを全公開,医学書院