イギリス視察報告(1/4回)
2023年8月6日
執筆者: 大石佳能子

2023年7月の第一週に、大阪の医療法人社団和風会 千里リハビリテーション病院の橋本康子理事長とともにイギリスの医療機関等を視察してきました。
本稿は、その中で特に印象深かった点をまとめたものです。

今回の視察先は、下記の5か所で、ロンドンより始まり、エジンバラへと空路北上し、スコットランドから湖水地帯をまで車で南下しました。
●Royal Hospital for Neuro-disability (ロンドン)
●Maggie’s Edinburgh (エジンバラ)
●Stirling University, DSDC (Dementia Services Development Centre)(スターリング)
●Calvert Reconnections Neuro-Rehabilitation Centre(湖水地帯)
●Royal Trinity Hospice (ロンドン)

この中で、Maggie’s については既に多くのところで紹介されているので、残りについてご報告させてください

①Royal Hospital for Neuro-disability :重度脳損傷患者対象リハビリ

非営利組織が運営する、イギリスに3か所しかない最先端の臨床と研究施設です。
1854年ビクトリア時代に「治らない患者用の病院」(Hospital for the Incurables)として建てられた風格のある建物でした。病院名も含め、シャーロックホームズの時代ですね。

同院は脳損傷(脳内出血、事故、ギランバレー等)の中でも最も重度な、気管切開、植物状態、高次脳障害等の患者を、医師、看護師、PT、OT、ST、心理士、SWなどの多職種で扱っています。40床で平均在院日数は4か月程度。患者は18~85歳の多様な方で、平均年齢は50歳程で、全英から来院します。

興味深かったのはリハビリの目標設定です。患者の視点で「大きな目標」(例えば、家に帰って生活したい)と、それを達成するための幾つかの「小さな目標」(例えば、一定時間座ることができるようにしたい)を設定し、それを図にして全員に「見える化」します。目標設定には多職種の目が入り、現実的な可能性と調整します。また進捗度合いに合わせて定期的に見直し、再度「見える化」しながら、治療計画に反映させます。
同院の資料には、目標設定についての考え方が書かれています。
・目標は意味があり、やりがいがあり、個人的な価値があるものでなければならない
・現実的であること、段階的なアプローチで取り組むこと、本人の願望をサポートすることのバランスが大切である
・患者には、目標設定のプロセスを理解し、個人的な目標を明確にし、表現できるように支援すべきである
・目標設定は、本人、家族、介護者とともに、必要に応じて学際的チームが行うべきである
・患者には目標のコピーが提供されるべきである
・目標は定期的に見直されるべきである
同行されていた千里リハビリテーション病院の橋本理事長は「日本の病院も目標設定はちゃんとやっているが、患者との共有、定期的な見直し、治療計画への反映はまだ改善の余地がある」と仰っていました。

リハビリには各種のテクノロジーも使われています。患者が使用するコンピューター室があり、ITのスペシャリストが配置され、例えば眼で追うことにより文字を入力する方法等、様々なトレーニングが行われます。
患者はリハビリの一環として、病院の受付で挨拶する業務を担当したり、院内の色々な活動に参加ます。廊下で多くの患者とすれ違いましたが、皆身ぎれいでした。車椅子に乗っている人、杖を突いている人等いますが、パジャマを着て髪の毛がくちゃぐちゃになっている人はいませんでした。

同院の非常に手厚い治療やケアはNHS(イギリスの皆保険)が適用されますが、全てが賄われるわけではありません。通常より多くの人員が配置されていますし、映画のセットのようなステキな建物の維持だけでも大変なコストでしょう。この差分はチャリティによって賄われます。大広間の暖炉の上には、歴代のパトロン(恩賜財団済生会の秋篠宮総裁みたいなもの)の王侯貴族や有力者の名前が掲げられています。直近までは故エリザベスⅡ世で、今は次期パトロンが誰になるかの知らせを待っているとのこと。

しかし、パトロンたちの名前やネットワークに頼るだけではなく、組織としての「頑張り」も積極的にアピールしています。病院の戦略を記したパンフレットには、きっちり10%程度の利益が出せる効率的な運営をしていること、5年間で£1500万(約30億円)の寄付を集めたこと、£900万(約18億円)の設備投資の半分弱をチャリティで賄ったこと、などが書かれていました。戦略やパンフレット作製には患者も関わっています。
車椅子に補助具をつけてギターを弾いている写真はステキです。人生を楽しんでいる雰囲気が伝わってきます。



—第2回へ続く—

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ご連絡の際には、「イギリス視察報告」をご覧になった、とお書きください。
contact@mediva.co.jp
尚、写真の一部は訪問先のHPを転載しています。

執筆者プロフィール
大石 佳能子 Kanoko Oishi
株式会社メディヴァ 代表取締役社長、株式会社シーズワン 取締役社長 
コミュニティ&コミュニティホスピタル 協会理事
医療法人社団プラタナス 総事務長
大阪大学法学部卒。ハーバード・ビジネス・スクールMBA
マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーを経て、起業。
(株)資生堂、参天製薬(株)、江崎グリコ(株)等の非常勤取締役
規制改革推進会議(医療・介護ワーキング・グループ元座長・専門委員)他、政府委員を歴任
著書に「100のチャートで見る人生100年時代」、共著に「診療所経営の教科書」、「病院経営の教科書」等

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