「ストリート・メディカル」による医療のアップデート(3/4)
2022年11月27日
執筆者: 西井正造

ストリート・メディカルの事例紹介
2018年創設後、YCU-CDCでは、これまでストリート・メディカルを地域の協力を得て実践してきました。ここでは具体的に何をしているのかについて、選定した3例を以てお示ししたいと思います。

(1)認知症×ゲーム開発プロジェクト
この取組は、認知症や軽度認知障害の早期発見のためには、現在の認知症評価バッテリーのようないかにも試験のような形式ではなく、「面白そうだからやってみたい」と思っていただけることで、より多くの人の参加を促進できるのはないかという仮説から生まれたものです。
世界を見渡すと遊びや競争など、人を楽しませて熱中させるゲームの要素や考え方を、ゲーム以外の分野でユーザーとのコミュニケーションに応用していこうという取り組みである「ゲーミフィケーション」と呼ばれる手法を認知症研究に用いている事例が存在していました(注1)。そこで私たちは東京藝術大学のアニメーションや映像・ゲームを制作できるチームと共同して、健康な方、軽度認知症疑いの方、アルツハイマー型認知症疑いの方を鑑別可能とする楽しく取り組めるゲームの制作を開始しました(図1)。

ここではN-Backタスクというワーキングメモリーの力を必要とする要素を取り入れたゲームを企画しました。詳細は省きますが、設定は、隠し味をお客さんが決められるカレー屋さんです。プレイヤーはカレー屋さんの料理人となり、お客さんが次から次へと注文してくる隠し味(魚やチョコレートやホウレンソウなど)を短期記憶して、注文通りにお客さんにカレーを提供できるかを遊ぶものになっています。まだまだこのゲームが本当に鑑別に使えるかは検証中ですが、大阪市西淀川区にある千船病院と連携して、地域フェスティバルで一般市民向けに体験会を行うなどしている最中です。当初はタブレットゲームを高齢者は苦手とするのではないかと不安もありましたが、大半の人はゲームを最後までプレイできており、楽しそうに取り組んでいただけています。
このゲームの横で、通常の認知症評価バッテリーも体験してもらいましたが、明らかにゲームの方が時間が短く、声がけなど試験者の負担も低減できていることが見て取れました。あとは検証を重ねて既存の評価バッテリーとゲーム成績が相関するか否かを時間をかけて見ていく必要があります。どんな結果になるか今からわくわくどきどきしています。

(2)ストライダーズー 通路床面の装飾が日常の身体活動に及ぼす影響研究
この取組は、神奈川県庁さんとの連携で生まれたものです。前述の「上りたくなる階段」のコスト減バージョン施策と抱き合わせで、県庁の旧庁舎と新庁舎をつなぐ長い渡り廊下で何か健康行動を促す仕掛けができないかと考えたものです。
健康づくりのためには、日常の中に自然に身体活動(Physical Activity: PA)を取り入れることが重要であるとされています。つまり、強度の高い運動をする時間を確保しなくとも、階段利用など日常的な身体活動の範囲でエネルギー消費量を増加させることによって、生活習慣病の予防や改善などに繋がるということに着目しました(注2)。身体活動の中でも特に歩行に関して、歩幅や歩行速度などのパターンが、健康状態や疾病の前兆の指標になり得ることが注目されています。歩幅は、認知機能低下を予測する指標になる可能性が報告されており(注3)、歩行スピードは認知症やがん、寿命の予測など、さまざまな指標になる可能性が示唆されています(注4)。このように、歩行速度の向上および歩幅の増加は、健康で長生きをするために必要なファクターだと考えました。
しかし大股歩きや速歩の単純な励行では、健康無関心・無行動層へは訴求できないことから、本取組では、人々の目や興味を惹くイラスト、グラフィックデザインを用いて、身体活動 の体験に感性的な価値を付与することで、健康に高い意識を持たずとも健康行動に導かれるような手法を開発し、その効果を検証することにしました。そこで、思わず踏みたくなるようなフロアシートをデザインすることで自然と望ましい歩幅を体験してもらうものとして実装したものです(図2)。


このフロアシートは神奈川県庁で実装したあと、県内の市区町村から実装希望を募ったところ、多くの自治体から問い合わせがあり、2年間で茅ヶ崎公園体験学習センター(うみかぜテラス)、小田原アリーナや逗子アリーナなどで実装することが出来ました。逗子アリーナでは、効果検証も実施し、歩幅・歩行速度の増加にこのフロアシートが有効に機能していることを確認することができました。

(3)デザインストーマパウチプロジェクト
現在、日本には20万人ほどのストーマ保有者(オストメイト)の方がいます。ストーマは手術でお腹に作った便や尿の排泄口のことで、それは病気や怪我と戦った証です。一度造設すれば一緒に生活をしていくものになるため、外出や入浴に不便を感じたり、ボディイメージが変わったり、また精神面にも影響がでることがあると言われています。また現在使われるほとんどのストーマパウチは、基本的には透明、もしくは、茶色であったり、肌色のものが多いです。特に日本では透明なものがほとんどなのが現状です。
ストーマ造設により、運動や入浴、旅行など手術前と同じ社会生活を送ることができる一方で、ストーマ保有者の約50%が不安を感じており、約16%に抑うつ傾向があるという報告もあります(注5)
そういったネガティブな感情を少しでも和らげることはできないか。日常で身に着けるTシャツや傘などにデザインが施されているのと同じように、ストーマにもデザインがあり、自分で好きなものを選べるような体験があってもよいのではないか。そこで大腸外科医の佐藤純人医師を中心としてデザインストーマパウチプロジェクトを立ち上げる決意をしました。


本プロジェクトは、デザイン専門学校である東京デザインプレックス研究所を巻き込み、デザイナーの卵たちと多様なストーマパウチのデザインを生み出しました。これらをシール化し、既存のパウチに自分で貼り付けることでデザインパウチを自作できるようにしました。
そして今回集まった約40種類のストーマパウチのためのデザインは、デザインストーマパウチプロジェクトとして一冊の作品集としました。これによりギフトカタログのように好きなデザインを選べる楽しさや、デザインに込められた想いなど盛り込んだ、オストメイト当事者や関係者に向けてデザインの可能性を伝えるツールとなっています。
この作品集の目的は、多くのオストメイトの方にデザインストーマパウチを試してもらい、デザインの可能性を感じてもらうことです。そしてデザインストーマパウチを使うことでオストメイトの方に少しでも多くの笑顔と喜びをもたらしたいと思っています。
また、ウェルビーイングへの効果について専門的なデータを集めることができれば、今後ストーマパウチに関係する企業や、医療やケアとの接点を探すクリエイターに向けて、デザインストーマパウチの文化を、さらに広めることができると考えています。そこで私たちは、シールを印刷し、一人でも多くのオストメイトの方々に使用してもらえるような資金を確保するためにクラウド・ファンディングの手法を用いることにいたしました。2022年12月を目途に寄付を開始する予定でおります。ご賛同いただける方のご協力をお願いいたします。

(注1)Jules Morgan. Gaming for dementia research: a quest to save the brain. THE LANSET Neurology. Volume 15, Issue 13, December 2016.
(注2)田畑 泉. 生活習慣病発症予防のための身体活動・運動. 繊維製品消費科学 54, 912–914 (2013).
(注3)Prospective Study of Gait Performance and Subsequent Cognitive Decline in a General Population of Older Japanese | The Journals of Gerontology: Series A | Oxford Academic. https://academic.oup.com/biomedgerontology/article/67/7/796/658357.
(注4)Middleton, A., Fritz, S. L. & Lusardi, M. Walking Speed: The Functional Vital Sign. J. Aging Phys. Act. 23, 314–322 (2015).
(注5)片岡 ひとみ, et all, コロストメイトのQOL、健康状態、不安状態及び抑うつ傾向の関係について, 日本ストーマリハビリテーション学会誌/20 巻 (2004) 2 号

執筆者プロフィール
西井 正造 Shozo Nishii
横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC) 助教。
教育学研究をバックボーンにしながら青山学院大学にて大学史編纂、高等教育研究に携わり、教員養成に従事。
2006年に横浜市立大学医学部特任助手として採用され、医学生と看護学生がチームを組み、地域の小中学生に向けて「訪問授業」「キャンプ」を企画実行する取組「文部科学省現代GP「学生が創る地域の子ども健康プロジェクト」の推進者として教育実践・研究に携わる。
その後、横浜市立大学にて、横浜国立大学との共同事業である文部科学省グローバルCOEプログラム「情報通信による医工融合イノベーション創生」が開始されたことを受け、特任助教として採用され、横市大と横国大の博士課程学生の医工融合研究推進のためのカリキュラム開発や教材開発を実施。その後、5年間、公益財団法人木原記念横浜生命科学振興財団にて課長職として勤務し、産学連携研究開発プロジェクトの事業マネジメントを11件担当。
2018年、横浜市立大学コミュニケーション・デザイン・センター設立に伴い助教として就任し、ストリート・メディカルの教育・研究を推進中。

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