「ストリート・メディカル」による医療のアップデート(4/4)
2022年12月3日
執筆者: 西井正造

ストリート・メディカル実践で大切にしているもの
これまで医療ツールの中心を成してきた医薬品や医療機器、はたまた各種医療材料に加えて、生活者の嗜好性の高い資材、例えばゲームやスマートフォン、住居及び住環境、家具、日用雑貨、衣服・アクセサリー、都市・空間環境、交通機関、映像コンテンツなどを医療ツールに仕立て上げるために、医療・医学は医工連携などに留まることなく、多様な異業種の人たちと組んで、新しい医療・健康課題の解決に向けて取り組むべきだと私たちは考えています。


2018年にYCU-CDCが設立されてから、私たちは医療×クリエイティブ(デザイン、アート、コピーライティング等)施策を様々展開してきました。その過程で自らの実践の理論化・体系化を試み、「なぜ医療にデザインが必要なのか」と問い続けてきました。
従来型の医療にもっとも足りていなかった要素は、人々の主観的ウェルビーイング(Happiness)に訴求することであると私たちは考えています。図1をご覧ください。
人々のウェルビーイング向上を考えた場合、理想とするのはHappy(主観的ウェルビーイング)とHealth(客観的ウェルビーイング)の双方が満たされた状態であると考えられます。従来の医療・医学は人々のHealth課題の解決を主対象として、いかにUnhealthyな人をHealthyにするかに注力するあまり、人々のHappyに寄り添うことにあまり心を配ることをして来なかったと言えると思います。そこに医療のアップデートの余地があると考えました。更に興味深いことにHappinessの向上がHealthに多大な影響を与えるという研究報告も数多く見られるようになってきています(注1)(注2)。
そこで私たちは、HappyとHealthyの双方を高める因子をイネーブリング・ファクターと概念定義しました(注3)。
イネーブリング(enabling)とは日本語にすると「可能にする」などの意味となります。つまり人々のウェルビーイング向上の一旦を担うべき医療・医学は、常にHappyとHealthyを両立させることに心を砕くべきだという想いがここには込められています。そこで私たちは、人々の「嬉しい」「楽しい」「安らげる」「興味がわく」などのポジティブなHappiness感情にも気を配った生活習慣病予防・入院・通院・療養体験の望ましい在り方や日常に溶け込むかたちの医療情報の提供や健康チェックの在り方を追及していきたいと思っています。
要するにこれからの医療や医学は、Healthのために生活者に一方的に我慢を強いたり、人々の理性的で計画的な不断の努力を前提とするようなものを極力排して、人々の生活や人生にどのようにしたら馴染み、溶け込むことができるのかを探究していくべきだと思っています。ここに私たちはデザインの力が必要になると仮定しています。

「デザインとは何か」を考究した古典的作品であるD.Aノーマン『誰のためのデザイン?』において、デザインの本質を「専門分野間の協調的努力が要求されると同時に、自分の専門分野からの視点を一度放棄し、製品を購入する人、使う人の視点から物事を見直すことで、人々の生活を向上させ、喜びと愉しみを加える製品を作ることである」という趣旨のことが述べてられています(注4)。これは正にストリート・メディカル実践やイネーブリング・ファクター開発の核を成す考え方であると言えます。
今回、湘南健康大学代表の内門先生から、「(仮称)湘南ストリート・メディカルを是非一緒にやらないか」とお声がけいただいたことを契機に、様々な企画について議論を開始しています。私たちは、イネーブリング・ファクター探索の過程で「緑豊かな地域に住むとBMIが低下する」(注5)「近隣が歩きやすいと血圧が低下する」(注6)などの大変示唆に富む報告を見つけることができました。
これは、街の在り様、地域の景観デザインなどがHappinessを高めながらHealthにも貢献可能であることの好例だと考えています。私たちはこのように人々の生活を下支えするためにデザインされたイネーブリング・ファクターが至るところに埋め込まれている街を「イネーブリング・シティ」と名付けて、未来のあるべき都市像として打ち出しています(注3)。
今後、湘南地域で認知症の方々やそのご家族をHappyとHealthyにし得る街歩きルートを発見したりすることなどから取り掛かれたらなど妄想は広がっています。

一方で企画がたった場合においても、地域の方々や各領域の実践者の方々のご協力がなければ実現には決して至りません。もし本趣旨にご賛同していただける方がいましたらご一緒できればこんなに嬉しいことはありません。「(仮称)湘南ストリート・メディカル」の実現に向けて今後も議論を重ねていく所存です。

(注1)Subjective wellbeing, health, and ageing. Lancet. 14; 385(9968): 640–648, 2015
(注2)Happiness and Health. Annual Review of Public Health. 40:339-359, 2019
(注3)武部貴則、西井正造など. ムーンショット型研究開発事業 新たな目標検討のためのビジョン策定 調査研究報告書.https://www.jst.go.jp/moonshot/program/millennia/pdf/report_12_takebe.pdf
(注4)D.Aノーマン.増補・改訂版 誰のためのデザイン?.新曜社.2015. p48
(注5)Residential greenness and adiposity: Findings from the UK Biobank. Environment International, Volume 106, September 2017, Pages 1-10
(注6)Neighbourhood walkability and incidence of hypertension: Findings from the study of 429,334 UK Biobank participants. International Journal of Hygiene and Environmental Health, Volume 221, Issue 3, April 2018, Pages 458-46

執筆者プロフィール
西井 正造 Shozo Nishii
横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC) 助教。
教育学研究をバックボーンにしながら青山学院大学にて大学史編纂、高等教育研究に携わり、教員養成に従事。
2006年に横浜市立大学医学部特任助手として採用され、医学生と看護学生がチームを組み、地域の小中学生に向けて「訪問授業」「キャンプ」を企画実行する取組「文部科学省現代GP「学生が創る地域の子ども健康プロジェクト」の推進者として教育実践・研究に携わる。
その後、横浜市立大学にて、横浜国立大学との共同事業である文部科学省グローバルCOEプログラム「情報通信による医工融合イノベーション創生」が開始されたことを受け、特任助教として採用され、横市大と横国大の博士課程学生の医工融合研究推進のためのカリキュラム開発や教材開発を実施。その後、5年間、公益財団法人木原記念横浜生命科学振興財団にて課長職として勤務し、産学連携研究開発プロジェクトの事業マネジメントを11件担当。
2018年、横浜市立大学コミュニケーション・デザイン・センター設立に伴い助教として就任し、ストリート・メディカルの教育・研究を推進中。

この執筆者の記事一覧

執筆者一覧

  • 鈴木善樹
  • 中村元昭
  • 千葉悠平
  • 大石佳能子
  • 西井正造
  • 比永 伸子
  • 松政太郎
  • 在津 紀元
  • 田中香枝
  • 牧島仁志
  • 牧島 直輝
  • 佐々木 博之
  • 落合 洋司
  • 日暮 雅一
  • 入交 功
  • 内門 大丈
  • 太田 一実
  • 加藤 博明
  • 川内 潤
  • 河上 緒
  • 川口千佳子
  • 砂 亮介
  • 竹中 一真
  • 辰巳 いちぞう
  • 都甲 崇
  • 保坂 幸徳
  • 横田 修