「ストリート・メディカル」による医療のアップデート(1/4)
2022年11月8日
執筆者: 西井正造

はじめに
ストリート・メディカルという言葉をはじめて耳にした方も多いことと思います。それもそのはずで、この言葉は横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター(センター長/武部 貴則.以下、YCU-CDCと略)が世界ではじめて2019年頃に発信を開始したものだからです(注1)。
本コラムでは、ストリート・メディカルという言葉に込めた想いについて解説させていただきたいと思います。

ストリート・メディカルとは? 
YCU-CDCは「医療・医学のアップデート」を目指している研究機関です(注2)。
太古の昔から、医療は「病気中心」で全てが組み立てられてきました。しかし、時代が推移し、これまでの「病気中心」の考え方を改めなくてはならないような事態が起きています。それは病の質の変化です。第二次世界大戦後における人々の主な死因はがん、脳卒中、心筋梗塞などが主たるものになりました。これらは原因と結果が1対1の対応でない病気です。
暴飲暴食、喫煙、運動不足など、生活の現場で規定される因子の総和が、最終的な疾患を構成するような病気です。
つまり、医療が病院の中では完結せずに生活の現場で対処しないといけない必要性がより鮮明になってきたと言えます。このことは、COVID-19パンデミックにおいても明らかです。いわゆる感染症という古くて新しい課題への対処においても、現代は都市化が劇的に進み、都市という場所に、異常なほど人が集まり、そこで居住する人、働く人が集中するということが起きています。実は、この都市化の流れというものは、加速度的に今後も増大すると予測されていて、2050年には、全人類の約68%が都市で過ごすようになるとも言われています(注3)。
つまり、新興・再興感染症拡大が起こりやすい状況が今以上に存在するようになる可能性があります。
コロナ禍において、ワクチン接種や医療者による救命措置、治療薬の開発が重要であることは言うまでもありませんが、感染拡大抑止にとって、「マスクをする」「ソーシャル・ディスタンスを保つ」「3密をつくらない」「手指消毒」など人々の生活に根差した日々の活動の変容が大きな役割を持ったことを皆さんも実感されていると思います。
また現代では、認知症やうつ病をはじめとして、患者さん本人の社会生活、または患者さんの周辺で生きる人々の人生・生活に影響を与える病が社会問題化しており、医療者が病院にいて、病院の中で医療行為を施せばそれで済んでしまうということではなくなっていることは本ウェブサイトを訪れた方たちにとっては当たり前のことになっていると存じます。

このような事態に対して従来型の病気中心の医療の発想法からは有効な策が出てこないのではないでしょうか。医療・医学側からは「こういうエビデンスがあるので、〇〇をしてほしい」と述べることができるのみで、情報の受け手は、意識を高く持ち、不断の努力でやるべきことを実践してくしかないという構造になってしまっているのが現状です。
それを一般市民が生活の中でどうやったら無理なく実践できるか、地域の様々な方と連携していく方法を模索すること、ちょっとした工夫や巧みな環境設計をすることによって、それらの実践をサポートするような学術体系を今こそ作るべきなのではないかということで生まれたのが「ストリート・メディカル」という概念です。
この言葉にはいろいろな意味が込められているのですが、肝になるのは、「医療が病院を飛び出して、ストリートで活用できるようなものを次々と生み出せるような実践分野になるべき」という願いに基づいています。
ファッション業界を例にすれば業界の権威者が生み出す流行のスタイルに囚われず、街中に集まる若者たちから自然発生的に生まれるファッションのことストリートファッションと呼ぶことなどになぞらえて、そのストリート的な要素を取り込むために、ストリート・メディカルという概念を提唱しはじめたということです(注4)。

湘南健康大学の代表内門先生は、認知症という分野で他の診療科の専門医との連携をはじめとして、福祉・介護分野の現場で活躍されている方々、認知患者やその家族のサポーターとなり得る音楽などの様々な分野の方たちの力を借りながら認知症と社会・地域をつなぐお仕事をされている正にストリート・メディカルの実践者でいらっしゃると私たちは考えています。

(注1) 武部貴則. 治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義. 日本経済新聞出版. 2020
(注2) https://y-cdc.org
(注3) World Population Prospects: The 2017 Revision | Multimedia Library – United Nations Department of Economic and Social Affairs. Published June 21, 2017. Accessed May 6, 2021.
(注4) 西井正造、武部貴則. ストリート・メディカルがデザインする新しい医療. VIVA! ORTHO No25, FOREFRONT.2022. 8.

執筆者プロフィール
西井 正造 Shozo Nishii
横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC) 助教。
教育学研究をバックボーンにしながら青山学院大学にて大学史編纂、高等教育研究に携わり、教員養成に従事。
2006年に横浜市立大学医学部特任助手として採用され、医学生と看護学生がチームを組み、地域の小中学生に向けて「訪問授業」「キャンプ」を企画実行する取組「文部科学省現代GP「学生が創る地域の子ども健康プロジェクト」の推進者として教育実践・研究に携わる。
その後、横浜市立大学にて、横浜国立大学との共同事業である文部科学省グローバルCOEプログラム「情報通信による医工融合イノベーション創生」が開始されたことを受け、特任助教として採用され、横市大と横国大の博士課程学生の医工融合研究推進のためのカリキュラム開発や教材開発を実施。その後、5年間、公益財団法人木原記念横浜生命科学振興財団にて課長職として勤務し、産学連携研究開発プロジェクトの事業マネジメントを11件担当。
2018年、横浜市立大学コミュニケーション・デザイン・センター設立に伴い助教として就任し、ストリート・メディカルの教育・研究を推進中。

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