「意思能力」
2017年4月2日
執筆者: 竹中 一真

現代社会において、人が生活を営むとき周囲には契約が溢れています。
たとえば居住する場所を確保しようとした場合、もし家を買ったり、または借りたりすれば,土地建物やマンションなどの売買契約や賃貸借契約を締結しなければなりません。
電気、ガス、水道についてもそれぞれ電力会社やガス会社、水道については各自治体と契約を締結します。
毎日必要な食材や衣服も、スーパーマーケットやデパートで購入しなければなりませんから、そこでは一々売買契約が成立します。

法学上,契約は,「法律行為」の一つであるとされています。
「法律行為」とは,当事者の意思に従った法的効果を認める要件であると説明されます。
法的効果という言葉は,権利や義務と置き換えると分かりやすいでしょう。たとえば,ある自動車会社からとても格好良い自動車が発売されたとしましょう。
ターボエンジンがついているので馬力もあって,燃費も悪くなく,しかも昨今はやりの自動運転システムが完備されていて,この自動車を欲しいと思ったとします。
自分のものとして使用するためには,自動車の販売会社と売買契約を締結しなければなりません。売買契約によって,購入者は自動車の所有権を取得する一方で,販売会社に対して,代金を支払う義務を負うことになります。
これを反対に売買会社から見れば,販売会社は自動車を引き渡す義務を負いますが,その見返りとして,売買代金を請求する権利が発生します。
そして,契約などの「法律行為」は,当事者の意思に従わなければなりません。

人間が人間らしく生きるために,様々な権利が認められた現代社会においては,第三者の意思で勝手に契約を締結したという効果が発生しないのが原則です。
たとえば,会社の嫌な上司が契約書にサインをしてしまったので,なぜか自分が,欲しくもない自動車の所有者となって,何百万円もする売買代金を支払わなければならなくなったなんてことが起こったのでは,極めて不合理でしょう。

この当事者の意思には,自分の行為によってどのような結果が生じるのか,上記の例で言えば,自動車の所有権を取得して,売買代金を支払わなければならないという法的な結果を認識して,判断できるだけの能力が備わっていることが必要です。
この自己の行為による法的な結果を認識,判断することができる能力のことを「意思能力」と呼びます。

生まれたばかりの赤ん坊は,法的な効果を認識して,判断できる能力はありませんから,「意思能力はありません。
認知症などを発症した高齢者でも「意思能力」は問題となります。記憶が阻害され,日時や季節,周囲の家族が誰だが分からない,幻覚や幻聴が生じ,物事の共通点や差異,善悪が分からなくなるなど,認知症の症状が相当進行してしまった場合,はたして契約の法的な効果をどれだけ理解できているのか疑問が生じます。そこで,やはり「法律行為」に必要な「意思能力」を有しているのかどうかという問題が生じます。

我が国の裁判所の判例では,意思能力を欠く者が行った「法律行為」は無効としています。
無効とは,効力がないということです。
先ほどの例で言えば,認知症が相当進んだ高齢者が,馬力や燃費,自動運転システムという概念のみならず,自動車という概念すら失ってしまった場合に,契約書にサインをしたからといって,その売買契約の効力は認められないことになります。

裁判例では,悪徳商法によりだまされてしまったお年寄りを救済するなど「意思能力」がない者を救済するために,またはある者の「法律行為」によって不利益を被る者が,当該「法律行為」をした者の「意思能力」を問題とする場合に,議論されることが多いでしょう。
それでは,未成年者や認知症の進んだ高齢者など「意思能力]に問題がある者は,一切契約ができないのかというとそれも困ったことになります。
意思無能力者であっても生活をするためには,何らかの契約をしなければならない場面が出てくるでしょう。ところが,意思無能力者と取引をする相手方は,契約をしたとしてもいつ無効を主張されるか分からないということであれば,取引の安全が著しく損なわれることになります。

そこで,法律は,「行為能力」という概念を用いて,意思無能力者の保護と取引の安全を図るための制度を認めています。
「行為能力」については,次回,詳しく解説しましょう。

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