「介護者の責任」 
2017年11月29日
執筆者: 竹中 一真

1 今回のコラムでは,介護事故に関して実際に問題になったケースを紹介します。
高齢者であるAが,認知症により要介護認定を受けてデイサービスの施設へ通所していたところ,1月下旬正午過ぎに施設を抜け出し,その後夜になって,本件施設から直線距離で約1.5キロメートル離れた畑の中において,低体温症により死亡(凍死)したという徘徊事故の事案です。
裁判所は,施設に義務違反があったとして損害賠償責任を認めました。少し長くなりますが,判決文を検討し,裁判所が重視したポイントを考えてみましょう。

2 まず,本件事故は1月下旬に発生しましたが,前の年の9月下旬,Aの主治医は病状について次のような記載のある意見書を作成しました。

・「短期記憶」 問題あり
・「日常の意思決定を行うための認知能力」 見守りが必要
・「自分の意思の伝達能力」 具体的要求に限られる
・「認知症高齢者の日常生活自立度」 Ⅲb
・「認知症の周辺症状」 暴言・意欲低下
・「現在あるいは今後発生の可能性の高い状態」 徘徊・意欲低下

次に,10月初旬,介護認定審査会の調査員はAの要介護の審査を行い,Aの認知機能及び精神・行動障害として,次の症状が発現していることを確認し,認知症高齢者の日常生活自立度をⅢaと評価しました。

・「意思の伝達」 できる
・「毎日の日課を理解」 できない
・「短期記憶」 できない
・「今の季節を理解」 できる
・「場所の理解」 できる
「自宅」と正答
・「徘徊」 ある
玄関の出入りや家の周囲を歩き回ることを繰り返す。玄関に入ったかと思うとすぐに出ていく。毎日,散歩から帰ってもまたすぐに出て行ってしまう。
・「外出して戻れない」 時々ある
夫と出かけてスーパーで一人でトイレに行くも,夫のもとに戻れずガソリンスタンドでうずくまっているところを職員が見つけて警察に通報,警察から連絡があり迎えに行く(先月1回,6月頃には検査入院中病院から出て行き戻れず探された。)。
・「作話」 ある
・「感情が不安定」 ある
失敗したことを指摘・声掛けすると頭が混乱してしまい,自分の状況が把握できず,泣きだし,夫に手を出すことがある。
・「同じ話をする」 ある
・「落ち着きなし」 ある
・「一人で出たがる」 ある
毎日,実家に帰るなどと落ち着きなく夜中でも出て行こうとする,説明してもなかなか聞き入れられず,感情的になり出かけてしまう。息子が気づいたときはついていくが,一人で出かけていることが多い。
・「ひどい物忘れ」 ある
食事をしたことを忘れ,食べた直後に食事の準備をする。毎日,探し物を始めると,何を探しているかを忘れて探し回り,物を移動させる。
・「自分勝手に行動する」 ある
週一,二回,家族で外出する準備をしていても,いつの間にか散歩に出かけていることがある。
・「話がまとまらない」 ある
感情が高揚すると話がまとまらずに会話にならない。
・「金銭の管理」 全介助
・「日常の意思決定」 困難
衣服はその辺にある物を選び着ており,夏の暑いときでも長袖を着たりしている。日常的に夫や息子家族の見守り,声掛けが必要。
・「買い物」 全介助
・「簡単な調理」 全介助

そして,施設は,事故が発生した約1か月前の12月中旬,Aが本件施設の利用を開始するにあたり,Aの生活歴,要介護度,現病状を聴取し,Aの精神状態などについて分析し,デイサービス計画を策定しました。これにより,施設は,Aが約3年前からアルツハイマー型認知症に罹患していること,認知症の程度は中程度であり,要介護度2であること,認知症高齢者の日常生活自立度においてⅢaないしⅢbと評価されること,デイサービスエリア内の居室及びトイレ等がわからない可能性があり,施設職員において見守り及び誘導を行う必要があること,意思の疎通やコミュニケーションは可能であること,Aに徘徊癖があることなどを認識しました。

3 これらの事実を前提として,裁判所は,養護老人ホーム及び老人デイサービス事業など,認知症罹患者を含めた高齢者を対象とした事業を行う施設は,Aの生命,身体の安全,確保に配慮しなければならず,Aには認知症状の一つとして徘徊癖が存在して,自ら帰宅などする意思や能力に乏しい状況にあり,このことは施設ないし施設職員も認識していたから,本件施設利用時に徘徊癖が発現し,Aが本件施設を抜け出した場合には,同人の生命や身体に危険が及ぶおそれのあったことは明らかであるとします。
そして,Aが本件施設を抜け出して徘徊することがないよう①施設において人的・物的体制を整備し,あるいは,②施設職員において本件施設利用中のAの動静を見守る義務があったものと認められるとしました。

4 続いて,施設に義務違反があったかどうかについて,裁判所は,①施設の人員の体制や設備などを具体的に検討し,人的・物的体制の整備を怠った義務違反(過失)があったとは認められないとします。
しかし,②Aの動静を見守る義務について,事故当日においてもAには帰宅願望があり,本件事故の直前,Aはデイサービスフロア内の椅子から立ち上がり,施設職員が所在する同フロア内を歩行して本件非常口へと向かっているという事実を認定します。このAの行動について,施設職員において,Aが本件施設を抜け出すおそれのある危険な兆候として捉え,少なくとも,その行き先を目で追い,一定時間後の所在の確認を要するものであって,Aの本件施設からの抜け出しと徘徊についての予見が可能であったとします。そして,施設職員は誰一人としてAの上記行動を注視せず,Aを本件施設から抜け出させているのであって,施設職員において,Aが本件施設を抜け出して徘徊することがないよう,その動静を見守るべき義務(注視義務)に違反したものと認められるとし,施設側の責任を認めました。

5 判決文を見ますと,裁判所がかなり詳細にAと施設の具体的な事情を検討していることが分かります。義務違反を認めることになったポイントは,主治医や介護認定審査会が,徘徊などについて詳しく報告しており,施設もこれを十分認識していること,事故当日にもAに徘徊傾向があったことでしょう。
介護施設に重い責任を負わせることの是非はありますが,本件事案においては,家族はまさにAの徘徊に困って施設に預けたということもあるでしょう。したがって,義務違反はあったとする裁判所の認定は,妥当なものであったのではないかと思います。

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