我が家の食器棚の奥に、引き出しの付いている鰹節削器が鎮座している。
鰹節削器の蓋の裏に「1887~1987・東京鰹節組合(東京鰹節類卸商業協同組合)創立100周年記念」と書かれてあり、私にとって大切な逸品である。
東京鰹節組合というのは、89の鰹節問屋が加盟している協同組合で1887年(明治20年)に設立された、日本の食文化の一端を支えている組合である。
39年前の、1986年8月の或日、広告業界の大先輩から、東京鰹節組合が創立100周年に向けた記念事業を計画しているのだが、100周年記念事業企画と運営を手がけてくれる人を紹介して欲しいと頼まれ、在津さんを推薦したのだが受けていただける?との連絡を頂いた。
大先輩の推薦であり100周年記念事業と聞いて迷うこともなく有難くお受けしたのは云うまでもない。この組合は築地市場の場外で鰹節がメインの卸売り商店の集合体で、晴海にある鰹節センターを拠点に鰹節のセリや加工を行いながら伝統的天然調味料と共に日本の食文化を支えている団体である。
築地の料亭で、面接とプレゼンテーション
暫くして,鰹節組合の理事から100周年記念事業の役員会を開催するので、記念事業のあり方や100周年記念事業の企画提案書持参の上出席してほしいとの連絡を頂いた。役員会は連絡があってから3週間後であった。
2週間強で書き上げた企画書を持参し、緊張を覚えながら役員会出席のため、新橋演舞場の近くにある老舗の料亭へ出向いた。案内された座敷には既にお膳が並び20名ほどの組合理事が着席していた。着席していたひとりが立ち上がり在津さんですね!と手招きされて用意されていた席に着いた。司会役の理事が全員揃いましたのでこれより100周年記念事業理事会を開催します。
当組合がお世話になっているK氏より推薦して頂いた「在津紀元」氏です。
自己紹介をしていただき、続いて、ご持参していただいた100周年記念事業に関する考え方などの企画について話を進めてほしいと促された。100周年事業の基本的な考え方や記念事業企画案等について説明を終え、質疑応答を含めた約90分のプレゼンテーションを終えて100周年記念事業役員会終了となった。待ち構えていたかのように料理と酒がお膳を飾り始め、大宴会の席に転換したのである。出席者の理事の半数以上が2代目の社長であり店主である。料亭での所作は手馴れたもの。日が昇っている時間は鰹節で伝統的食文化を支え、灯りが点り始めると料亭で粋な文化を楽しむ、さすが築地の旦那衆の集まりであると納得。数日して、100周年記念事業のアドバイザーとして起用することが決定したとの知らせがあった。老舗料亭での役員会が面接を兼ねたプレゼンテーションの場というユニークな体験であった。
鰹節食文化大賞と「パリ旅行」が当たるクイズキャンペーン
100周年記念に向けて、約1年間の準備期間内に全ての計画を構築しなければならないハードな作業であったが喧々諤々の会議を重ねながら多種多様な記念事業が固まり、実施に向けての歩みが開始された。主な記念事業~キャンペーンの一部を紹介しよう。
1・100周年記念・「鰹節食文化大賞」の制定
日本の伝統的食文化発展に貢献している著名人への鰹節食文化大賞授与
受賞者はこんな方々(敬称略・順不同)
・第一回授与・・
佐治敬三/雁屋哲/土井勝/福地泡介/F・モレシャン/丸元芳生
・第二回授与・・
嵐山光三郎/梅宮辰夫/平野レミ/横川 竟/田村平治(つきじ田村)
東京會舘で大賞の授与式と100周年記念・食文化大賞祝賀会を開催。
祝賀会では、北村英治クインテッド出演のディナーショーは大盛況だった。
私にも・・鰹節食文化大賞が!
2・100周年記念・「鰹節クイズで、パリ旅行へ行こう」
日本の食文化の一端を担って100周年を迎える「東京鰹節組合」の存在を広く周知する手段のひとつとして、オープンクイズキャンペーンを実施。応募者の中から抽選で10名を「グルメと芸術の都パリ8間の旅へご招待!というものであった。
朝日新聞に出稿した新聞広告(応募総数11350通)
「かつお節」と答えるだけの単純なクイズであったが、当時のオープンクイズキャンペーンは、様々な企業が知名度アップや新製品の発売キャンペーンのスタンダードな手法であった。鰹節は日本の伝統的な味の食文化の一端を担っているのだから、フランスの食文化をパリで体験しようという事からクイズの目玉を「グルメと芸術の都パリ8日間の旅」にしたのであるが、そこにはもう一つ大きな狙いがあったのである。
パリとLa Tour d’argent~トゥールダルジャン
賞品のパリ旅行を選択した当選者10名と鰹節組合の理事と理事長。オルガナイザー兼添乗員を兼ねた私と友人二人を含めた総勢15名でパリを訪れた。
このパリ行には鰹節組合として観光とは別に3つの重要なミッションがあった。
その1~日本大使館へ鰹節を持参し表敬訪問
その2~シャンゼリゼ通りで鰹節の削り節パックのサンプリング
その3~トゥールダルジャンへご挨拶を兼ねた御礼の訪問
セーヌ川中のサンルイ島に近い左岸にある、かの有名な「La Tour d’argent~トゥールダルジャン」で、鰹節のお出しで作ったスープと鴨料理のディナーを楽しむ。これがパリ旅行最大のプログラムであった。不可能な企画で難しいと言われていたが、ロンドン在住で旅行業界の友人のルートで当たって砕けろ!精神からトゥールダルジャンと直接交渉し実現したのである。その御礼を兼ねて、ホテルで旅装を解いた翌日の午後に、鰹節組合の理事と理事長、私と コーディネーター兼通訳の4人で表敬訪問をしたのである。待望のディナーの当日は、1時間前にトゥールダルジャンに入店し豪華な個室に案内された。 支配人からマナーとメニューの説明。15名は緊張の面持ちでそわそわ!理事長は、今夜の料理に鰹節が使われていると思いますよと独り言・・・。
21時を廻った頃と記憶しているが、支配人が姿を現し歓迎のメッセージ。
続いて料理長が登場し「ようこそツールダルジャンへ来てくださってありがとうございます。そして、日本のお土産と伝統的な鰹節を頂きありがとうございます。早速今夜のスープ等の料理に節節を使いました。それでは素晴らしいディナーをお楽しみください。メルシー」そんな感じの挨拶で、サービスが始まったのである。めったに味わうことの出来ない豪華なディナーに舌鼓を打っていたのは13人。理事と理事長は鴨料理の味よりも世界的にも著名なレストランで鰹節が使われたことと、鰹節のだしで作ったスープ等を食したことでえらく感激していた。ホテルに戻る道すがら、鴨料理ってどんな味だったか覚えていません!と笑っていた。これにはこんな後日談があった。
後日コーディネーターがトゥールダルジャンへ御礼に行ったところ、料理長が出て来て鰹節を使ったのは初めてで、鰹節独特の匂いがメインのキッチン内に充満していたので喚起が大変だった。もう二度と鰹節は使わない!と不機嫌だった・・・と、報告があった。その当時は笑い話で済ませていたが、現在では世界中のミシュランクラスが鰹節を使っているので、笑い話にせずにセールスをかけていたら素晴らしいビジネスになったかも知れない。後の祭り・・
日の目を見なかった、幻の「鰹節琴」
ひとつだけ残念でならない幻の企画があった。
削る前の鰹節の品定め、商品の良し悪しは節の形と音で判断する。確かに木琴のスティックで叩くと響きのいい音がする。形が良く一定の大きさで揃えた鰹節を木琴のように並べ「鰹節琴」を作り、数寄屋橋のソニースクエアで「鰹節琴演奏会」を100周年記念PRイベントとして開催するはずであった。
理事会でこれは面白いと満場一致で決定した「鰹節琴」企画。某レコード会社の名プロデューサーK氏とY氏に相談したところ全面協力を約束。鰹節センターの屋上で鰹節を叩きながら選別した300本ほどを大阪の著名な音楽家の下へ送り「鰹節琴」の製作を依頼したのである。2ヶ月ほど試行錯誤し製作に取り組んだがギブアップ。その理由は、いい音の出るものほど折れやすく割れやすい。破損を防止するためにニスで固めたり、マニキュアで固めたりしたものの天候に左右されたり湿度の変化などで役に立たない。固めすぎると音が出ない。強く叩くと折れる・・であった。実験に使った鰹節は延べ300本を越えていた。音楽家の住まいの周辺は鰹節の匂いが充満し、徘徊している近所のネコが家の周りに集まるなど笑えるエピソードもあった。企画に賛同した役員諸氏はがっかり。一番がっかりしたのは未だに諦めきれずにいる私である。